湖への道


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湖への道                     高尾周一

 

 

 

 

 

 

 小仏城山は、五本の道を束ねている。

今登って来た高尾山、一丁平からの尾根道は、春、薄ピンクのヤマザクラを高く盛らせ、風に舞う花弁で縦走者の足を止める。

高尾山に飽き足らないリピーターは、奥高尾と呼ばれるこの道の長い階段に息を切らせ、時には立ち止まりながら幾度となく訪れる。

山好きの強者は、さらに尾根伝いに小仏峠、景信山、陣馬山へと足を延ばす。

 高尾山からを一路、小仏峠への道を二路とすれば、三路は高尾山からの最後の階段の手前、左から繋がる大垂水からの道である。沢を渡り林間を歩き、エビネ、ベニバナヤマシャクヤク、キンランに誘われ登って来る。

四路は相模湖からの道。甲州街道は、大垂水峠を抜けると相模湖へ下る。相模湖から流れる相模川沿いの千木良の里へ、吊り橋である弁天橋を渡り、長尾山を越え小仏城山へ辿り着く。所々で赤い涎掛けのお地蔵さんが迎えてくれる。

五路は相模湖からの道の反対側、旧甲州街道の日影からくねくね登って来る日影沢林道。作業車が通れる林道だが、舗装は凸凹に荒れている。一丁平や高尾山を遠望でき、道端には山野草が自生するので、植物ファンに人気の道だ。

漸く最後の階段を蹴り上げ、城山へ両足を乗せた。この先どこへ足を向けるかはたと考える。冬は景信山まで行けるが、夏はきつい。

 見ると茶屋の向こうの作業場の隅に男がいた。木の板が二枚無造作にテーブル然と渡され、丸太の切り株が椅子代わりに並んでいる。男は七十歳代前半だろうか、信二が来ると必ずいる。毎日来ているのだろう。

「いた、いた」

 小ぶりのリュックを背負った高齢女性が日影沢林道から現れ、男の方へ寄って行く、後から二人。輪になって座り、弁当を食べ始める。男が毎日いるからリピーターの同年配が集まるようになったのだ。

信二は男に軽く会釈する程度で、車座には加わらない。楽し気な笑い声を聞きながら通り越し、反対側の雑然と木板のテーブルが並ぶ一隅に腰を下ろす。

 

「この景色いいですよね」

 男に初めて声を掛けたのは、一丁平から小仏城山へ登る北側の巻き道。高い草を払いのけ、北東尾根が展開する崖に来たら、目の前で男が遠景を眺めては、鉛筆を挟む右手を動かしていた。

 信二の声に、立ったまま素描していた男は、軽く頷いた。

「失礼しました」

細い道の一段高い溜まり場に立つ男の後ろを、信二は通り抜けていった。

茶屋の奥の作業場然とした隅で、男を囲んで高齢女性たちが集まり、お弁当を楽しむ光景をその頃から意識するようになり、弾ける会話から男の名を丹羽と知った。

 

今日も、弁当会の賑やかな声が、背中から風と共に聞こえてくる。カット海苔にご飯をよそい、カツ節をかけラップで包んだお握り二個が信二の昼の定番。

個包装のチョコをいくつも食べ、景信でも高尾山への戻りでもない、相模湖、千木良の里へ下りようと立ち上がった。

相模湖からの道は隊長に連れられてみっちゃんと何度か来た。お地蔵さんが点在するが険しい道で、毎度やっとの思いで城山に辿り着く。

退職した当初、歩き回っていた隊長が二日続けて登っていたら、

「あんた、昨日も来たろ」

 と、下りて来た地元のおっちゃんに誰何されたというエピソードを、毎回思い出して笑い合う道だ。

 階段を大股で下り続け、時には横向きに右足、左足を同じ段に揃えて慎重に下る。やがて瓦礫と木の根っこが張り出した道、ひっかからないよう足の踏み場をさらに慎重に選ぶ。

左右の森も深い。高尾山でいえば霞台への近道である病院裏道をさらに荒々しくした感じか。病院裏道で鍛えなければと改めて確認する。五十分も下ったか、漸く千木良の里、道路に出た。

ここからまた細い山道へ入り、右手下方の吊り橋、弁天橋を渡っていく。太い相模川を繋ぐ吊り橋は誰が写真を撮っても絵になる。

右から現れ左へ蛇行する相模川を見下ろし、吊り橋のロープを見て一瞬身を固め弁天橋に入っていく。だいぶ慣れたが元々高所恐怖症である。橋から抜け、身を緩め、きつい坂を登り道路に出る。

相模湖の水力発電所を過ぎ、大橋を渡って無事に駅に着いた。炎天下、一人でよく歩いた。

 

 今日は隊長、みっちゃんのいつものメンバーに加え、信二の高校時代の友人、植松が来る。友人と言っても信二が半年も在籍しないでやめてしまった軟式テニス部で一時を共に過ごしたに過ぎない。

社会人時代も付き合いは全くなかったが、還暦を迎える頃、何かの拍子で軟庭の仲間三人で新宿で飲み、意気投合し弘法山、大山を登ってきた。植松は中学時代に生徒会長をやっていたので、軟庭部では会長と愛称で呼ばれていた。

 高尾山口駅の改札から、入道頭がぬっと現れた。植松は剃っているのか坊主刈りとは違う。目で頷き合って本人と確認し合う。みっちゃん、隊長に名前を伝える。

「じゃあ行きますか、城山行くんですよね、いつもの道でいいですか」

 隊長が歩き出す。信二は植松と歩く。植松の足取りは強い。

「俺は、毎日五㌔走ってんだぜ、ジムでゆっくりだけど」

 ジム通いは以前会った時に聞いていた。週一だったはずだが頻度は増しているようだ。鍛えているだけあって、病院裏道の瓦礫坂も植松は怯まず登る。

 そもそも植松は前を進む隊長と同じ、一人で新しい道を進める人だ。臆病な信二は何度もみっちゃんも含め三人で通った、教えて貰った道を後日一人で歩き、やったー感に浸っている程度。

 植松は秩父に一人で行き、石をとんとんと飛び、行き止まりと分かり振り返って戻ろうとした瞬間、崖下に滑り落ち、登れる崖ではないので沢を下って何とか道に出たという武勇伝を持つ。高価な腕時計を滑り落ちる時に失くし、(もう山には一人では行かない)と宣言する。

 もっともな決断だが、最近信二はその話を思い返しては、もし信二が一緒だったら、仮に隊長もいたら、滑落した植松を遥か下に見てどうすれば良いのだろうと考えてしまう。高山なら即連絡し救助を要請するしかない。低山でも電話が通じるとは限らない。通じればまず植松に電話し具合を尋ね、そこで救助を待つか決めるのか。

 ごちゃごちゃ考えているうちに霞台に着いた。薬王院でレンゲショウマが咲き始めたが、今日は植物好きはいないので急な石段は登らず、木に覆われ涼しい富士道を行く。城山まで遠いので高尾山も巻いて、もみじ台の北の巻き道をゆっくり下り、その後も巻き道を辿り一丁平のトイレ裏に出た。

 茂みを横切り、東屋とまでは言わないが屋根のある木のベンチに四人横並びに座った。ここから城山までの二、三十分の石段がきつい。ただただ空に向かって登り続ける。最後の頑張りの前に一息つくのに絶好な場所が一丁平だ。信二はリュックから取り出したクッキーを、みっちゃん、隊長、植松に手渡す。

「植松はリタイア前に学芸員の資格取って、文学館なんかに応募したんだよな。でも結局若い人採るから」

 ざっくばらんにどんな人物かエピソードを披露したつもりだ。

「今は、博物館で子供に藍染教えてんだ」

 植松が近況を語ってくれた。

「へええ、藍染って難しいんでしょ」

 みっちゃんが食いつく。良かった、初めてやってきた植松が溶け込んでいく。

みっちゃんは人形の洋服を作るのが趣味だ。可愛い服はネットに出すと即座に売れる。だが商売にするのは嫌で、気が向いた時に思いついた好みの服を作る。藍染にも響くものがあるのだろう。

「詳しいことは分かんない、ちゃんとした専門家がいて、俺は見てるだけ」

「好きな人は好きなのよねえ」

「明後日は拓本。拓本取りの練習ずうっとやってきて、明後日が本番」

「拓本?何じゃそりゃ」

「簡単には説明できないよ」

植松は、博物館詰めで大忙しの様子だ。

「じゃ、行きますか」

 隊長の声に小休止も幕、日の当たる石段に出、ひたすら登る、腿を上げ、足元だけ見つめがちになってしまう。

 電波塔の立つ頂上が見えて来た。最後の石段を喘ぎ、左手に茶屋の赤い幟が靡いている。氷をやっている、名物のジャンボかき氷。初めて来たときはお腹の弱い信二は迷い、一人だけコーヒーを頼んでひ弱振りをアピールしてきたが、今では夏の山の氷はペロリと平らげる。変われば変わるもの。

 茶屋の前のベンチは氷客で混んでいる。

「どこにしましょうか」

 隊長が見回していると植松がずんずん裏の方へ進む。裏の作業場の隅では、男を囲んで弁当会が始まっている。植松は数メートル離れた木のベンチに座った。

「お疲れさまでした」

 隊長が熱い紅茶の入った銀の水筒を差し出す。夏でも熱い紅茶が旨い。

「氷は食べてからですね」

 信二はそう呟き、持ってきたカップに紅茶を注ぎ、お握りのラップを剥がす。

植松はコンビニで買ってきただろうお握りセットを黙々と食べ、元々無駄口を叩かない隊長、クラシック音楽、手芸以外に興味がないみっちゃんでは沈黙が続くだけ。

いつもいる男の一団からは笑い声が絶えない。

「拓本って何すんの」

 信二は植松に一丁平での話の続きを求めた。

「えーとねえ、結構大変なんだよ、ずーっと練習してきて、今度が本番で」

 植松は二つ目のお握りを口に持っていく。

「お寺とかにあんだろ、古い何書いてあんのかわかんない石碑みたいの、あんなのお寺が持ってきて、こっちは霧吹いて、墨みたいの塗って、半紙でやると出てくんだよ」

「へえー、面白そうね」

 みっちゃんが植松の入道顔を見上げる。信二には拓本の原理は分からないが、鍛錬が要ること、お寺でももはや何が書いてあるのか分からない古い石があるのかとは理解した。

「あっ、そういうことか」

 隊長は、一人頭の中で拓本の原理を考えていたようだ。

「それで、明後日が本番なんだよ」

 茂る高木からけたたましい鳥の鳴き声が降って来る。こんな暑い夏にも鳥はいるんだ、信二はご苦労さんと慰労したい気分。

「食べたら、氷ね」

 信二は再び誰にともなく呟き、ラップにへばりついたご飯粒を指で集め、グレープにするか、やはり色を考えたら、

「メロンかなあ」

 と声を出していた。

「兎に角でかいなあ」

 茶屋の木板のテーブル席で、聳え立つかき氷をスマホで撮る人々を見て、植松が改めて感嘆する。

「拓本をやられるんですか」

 力のこもった声に驚いて見上げると、男が立っていた。植松の左横。植松は入道頭を男の方に捻り、怪訝な表情のまま、

「えっ、まあ」

 と頷く。

男が何で近寄って来たのか。信二だって親しい訳ではない、今この席に座る時さえ、軽く会釈して男達の一団の前を過ぎたが、男は反応を示さなかった。

一丁平から城山への巻き道で、北東尾根をスケッチする男に声を掛けたが、その時のことさえ、果たして男は覚えているのかどうか。

「丹羽さん、この辺の主です」

 想念とは裏腹に、信二はすっくと立ち上がり、男を三人に紹介していた。

「私のことを、ご存知なんですか」

「そりゃ、知らなきゃ潜りですよ、一応、私もしょっちゅう城山来てますからー。植松です」

 丹羽さんに紹介するが、植松は座ったまま、隊長から貰った紅茶を一口啜る、不愛想だ。

「すいません、お話が聞こえてきて」

「いえ全くかまいませんよ、むしろお話しさせていただけて光栄です」

 信二は相手を持ち上げるのが好きだ。

「そうですか、お言葉に甘えて」

 丹羽さんは、少し離れた木板のベンチの端に腰掛けた。

「私は、この辺りをスケッチするのが趣味なんですがね」

「この人、有名な画家なのよ」

 丹羽さんを囲んでいた小柄な女性が、あちらから声を掛けて来た。

「そんな凄い方なんですか」

 信二は、大げさに驚きの声を上げたが、ある程度予想していた気もしている。

「そんなことないです、ただ好きなだけで。そうだ」

 丹羽さんは立ち上がり、自席に戻るとリュックを開け、スケッチ帳を手に戻って来た。

 自然と信二が受け取っていた。両手で崇めて礼をし、表紙を捲ると、花の素描が出て来た。

モノクロの鉛筆画なのに、信二にはその花の名が一目でわかった。透明な白い薄い花弁が首を垂れて下向きに開き、中心の花弁には紫色がさしている。繊細な薄い花弁の白と紫。花の側に膨らんできた丸い黄緑の蕾が吊り下がっている。その光景を鉛筆画で体感させるのだからー。

「レンゲショウマですね」

「よくお分かりですね」

「高尾山来るようになって、山野草好きになりました」

 自慢げに答え、ページを捲る。

北東尾根が現れた。信二が丹羽さんと初めて出会った時に描いていた景色だろう。

整然と立ち並ぶ杉がモノクロの陰影で一本一本ツリー型に膨らんでいる。その中に左から右に抜ける日影沢林道がすっと引かれ。一方で手前の足元は、谷間に吸い込まれそうな危うささえ覚えさせる。

「北東尾根、初めてお会いした時のでしょうか」

 信二が丹羽さんに視線を移すと、丹羽さんは黙って頷く。信二をあの時から覚えていたとは思えないが。

次は湖への道だった。ビュースポットから見下ろす相模川へ架かる吊り橋、弁天橋も鉛筆の素描は川からの冷たい風と揺れを感じさせる。

 丹羽さんが、信二が見入るスケッチ帳をさらに何枚か捲り、

「これなんです」

ページのひと隅を指差す。植松が立ち上がって覗き込む。

 画用紙には赤い涎掛けのお地蔵さんが描かれている。麓から山道に入っていくたまり場でよく見かける光景。湯呑や花が供えられ、辺りは樹木で覆われ、岩が露出し。

 だが丹羽さんの指はお地蔵さんではなく、その左、苔むした石垣を指している。

「ゆっくり見せていただいていいですか」

 信二が座ると、みっちゃんがスケッチ帳を掴み、引き寄せ、

「これいつも見てるじゃないの」

 と、直感で見慣れた場所と錯覚した。病院裏道に整然と並ぶお地蔵さんたちだと。

「千木良の里から弁天橋への途中なんですけど」

「どこのかは分からないけど、お地蔵さんって登ると必ずいるじゃないの、北高尾にも」

「そりゃお地蔵さんは山にいくらでもいらっしゃるけど、この石垣の方だよ、丹羽さんが指差してるのは」

 信二は、独特の感性で判断するみっちゃんを宥める。

「この石垣の石に何か書いてあるんですよ、彫ってあるんです。古すぎて、苔むして私には分からない、でも気になるんです」

「拓本っていっても、我々がやるのはお寺なんかが持ち込む、しっかりした石碑みたいなものですから」

 植松が意図を理解し、丹羽さんに向かって答える。

「いいじゃないの、明後日取りなさいよ、拓本の本番なんでしょ」

 こうなったらもうみっちゃんのペースだ。何か勘が閃いて面白い方向を確信している。

「あの道を下りていくんです」

 丹羽さんが振り向いて相模湖への道を指す。その方角には雪を被る青い富士山が、冬には鮮明に現れるが、夏空では全体が白く霞んで薄っすらした影すら探らせない。

「久しぶりに相模湖へ下りますか」

 隊長がリュックを片手にかけ、腰を浮かせる。隊長がせっかちなのは百も承知だ。

「こおり」

 と、信二。

「ぜひ食べて行ってください、ごゆっくり、その後に私がご案内しますから」

 丹羽さんが慌てて隊長を座らせる。

 信二はグレープ、みっちゃんはマンゴー、隊長と植松はイチゴを注文し、シロップをキューっと容器ごと絞って掛けまくり、あっという間に平らげた。

 隊長、丹羽さん、植松の順で大股に階段を下りていく。長い階段が漸く瓦礫道になる。高尾山の病院裏道よりさらに険しく、周りの森も深い。

 一時間近く下ったろうか、前を行く三人は瓦礫をものともせず速足で下りていく、姿が時々見える程度。丹羽さんも年齢を感じさせない足取り。千木良の里へ出た。

平らな土地を歩き、バスも通る国道を渡り、弁天橋が架かる相模川への細い山道へ再び入る。

 砂利道を下っていくと、たまり場に三人が立ち止まり丹羽さんが指差す石垣を覗き込んでいる。

相模川に架かる吊り橋、弁天橋を見下ろせるビュースポット。赤い涎掛けのお地蔵さんが佇み、その左手の崖の下部が石垣になっている。

「お待たせしました、どの位待ちました。五分くらい?」

 長い下り道の後では、待っている隊長に信二は毎回尋ねる。

「そんなに、四分ぐらい」

 と、答えるのが隊長の常だ。

「これなんですがね」

 丹羽さんが信二とみっちゃんにも説明してくれる。石垣と言えるのだろうか。崖を食い止めるために、しっかりと石を組み、セメントで目地を固めているのとは訳が違う。

丹羽さんが指差す崖の一㍍四方だけ、メロン玉程度の石が埋め込まれている。草の葉に覆われ苔むしており普通、誰も目に留めない。

木の根が剥き出し石がごろごろする瓦礫道の、雑草だらけの崖の一隅に苔むした石が埋め込まれている。その一番上の列の一つの石を丹羽さんは大切そうに指差すが、お茶っ葉色の苔と細かい緑葉がはびこっているだけで、他の石と区別はつかない。

ここに何か拓本で取るべきものが苔の下に彫られているなど、絵描きだから気付けたのか。

「私たちには気づけませんよ、弁天橋、相模川、お地蔵さん、そちらに目が行ってしまってこの石垣の方なんて。光でもしたんですか」

 信二は丹羽さんの顔を覗き込む。いつもの生真面目な表情。

「昔、坊さんみたいな人が住んでいたって言い伝えがあるんですよ、それで毎回ここで休んでいたんです、その人のことを想像しながら」

「いつ頃の話しとか分かるんですか」

 植松が聞きたいだろうことを信二は尋ねた。

「はっきりとは、しっかり調べている人もいないので」

「持っていきなさいよ、明後日なんでしょ」

 言われた植松が首を傾げ、戸惑い顔で皆の顔を順番に見る。

「駄目だろう、許可とかいるんじゃないの」

 信二がネガティブを発揮する。

「お願いできれば有難いですが」

「禁止の札とかないから、いいんじゃないの、必ず僕らは返すんだし」

 隊長の一言でやはり決まる。

「いいのよ、誰も管理してないんだし、お坊さんも喜ぶわよ」

「いや公園課とかあんじゃないの、林野庁とか」

 自分でも嫌になる信二ネガティブ。

「じゃあ、直ぐに戻しに来るからな」

 植松がリュックを肩から抜きながら、苔むし石に頭を下げる。チャックを開け足元に置き。

皆が見守る中、苔むした鼠色の石を両手で包む。石はぐらついて手に納まった。何故かその石だけ隙間があったのか、簡単に抜け、植松の両掌に予定されていたように納まり、あっという間に黒いリュックに消えた。

残った土跡を、小虫が忙し気に這う。

「行くわよ、近いのはどっち?」

「戻るよりは、相模湖駅が遥かに楽」

 隊長の断に、

「それじゃ、私は戻りますので、今日は日影に下りますから」

「これから登り返せるんですか、驚異的ですね。電話番号とか教え合います?」

「いえ、いつもあそこにいますから」

 信二に答え、丹羽さんは、

「お気をつけて、宜しくお願いします」

植松にも会釈する。

「多分、来週の火曜日、雁首揃えて行きますから。植松も平気なんだろう」

「でも、あんまり期待しないでくださいよ、大体やらしてくれるかだって、お寺からのちゃんとしたのを正式にやるんだから、練習してきて」

 弁天橋を渡り暑さの中、駅まで歩き切った。

 

 木曜日、植松は今頃、拓本を取っているのだろう、いきなり持ち込んだ山の石を、レギュラーに紛れ込ませて取るなどできるのだろうか、気にしながら一日が過ぎた。

 夜、寝床のスマホにラインが来た。植松か、元々まめに連絡するタイプではないので、明日来ればと思っていたが。

(先日はお世話になりました。寄託された案件の回答が出ましたのでお知らせします)

 なんと硬い、ビジネスのやり取りか。

(書かれていたのは次の通りです。己をめでよ、己を生きよ、真明。なおいつ頃の時代に彫られたかは不明。最近の可能性もあるそうで、貴重な資料にはなりえないそうです、以上)

(ありがとうございます。歴史的な価値は認められなくても、意味が分かり丹羽さんは喜びます。真明は、そこにいたといわれる坊さんの名かもですね。山の中の石に何か彫られていたなんてロマンです)

(皆さん協力的で、今回だけということで取らせていただけましたが、専門家に言わせると、ほぼ最近になって誰かがそれらしく加工して埋めたのだろうとの見解です)

(そうだとしてもご苦労なことで、別に古くからの有難い坊さんじゃなくても貴重と言えば貴重かも)

(そうですね、いずれにしろ早々に元の場所に戻しに行きましょう)

 夜遅かったので、普段から翌日のスケジュール確認以外にラインを使用していない隊長、みっちゃんには翌朝知らせることにした。

 火曜日の朝、いつもの通り高尾山口で待ち合わせ。植松の入道顔が改札から現れると、

「お疲れさまでした」

 隊長が、おはようございます、の代わりに下山後の別れ際のような言葉で出迎えた。

「拓本無事に取られて、意味まで分かって」

「おはようございます、結構気軽にとらせてくれました」

 植松はリュックの両肩紐を両手でグイと持ち上げた。

「良かったよ、丹羽さんも喜ぶぞ」

「意味もいいわよ、己をめでよ」

 病院裏道の瓦礫を登る足取りも軽い、崖の麓に言葉が埋もれた石がありやしないか、そんな気さえしてくる。巻き道を使い、城山へ急ぐ。一丁平での休憩もいつもより短く、最後の石段を黙々と登る。みっちゃんの泣きも少なめだ。電波塔を見上げ、最後の石段を踏み上げ。

茶屋は賑わっている。氷、弁当を食べるハイカー。

左手から茶屋を回り、裏手の作業所へ。いた、いつものように女性たちも数人集まっている。

 信二は思わず手を振っている、丹羽さんは俯いている。隣の高齢女性が信二に気付いて丹羽さんに話しかける、丹羽さんが顔を起こし、目を見開き、立ち上がった。

「できましたよー」

 信二は大騒ぎ、後ろの植松のリュックを指す。植松がリュックを下ろす。丹羽さんは何度も植松に頭を下げる。高齢女性たちは顔を見合わせている。

「これです」

 植松がリュックからクリアファイルを取り出し、中からコピー用紙を丹羽さんに渡した。

「コピーなんですけど、綺麗に出ました」

 墨色の中に、白い細い字のようなかたちが流れている。苔むし石から取った、真明坊主の言葉。丹羽さんはコピーに見入る。

「なんだっけなあ、己をー」

 植松は覚えていない。

「めでよよ、己をめでよ、己を生きよ」

「そう、それです。でも古い物か、最近誰かが彫った物か怪しいらしいです」

 コピー用紙から起こした丹羽さんの顔が険しい。

「それで、しんめい、真実の真に明るいという字、いたという噂の坊さんの名前でしょうか」

 信二は怖い顔の丹羽さんに尋ねる。

「いやあ、地元の噂にすぎないし、何にも分かりませんよ」

 丹羽さんの表情にいつもの穏やかさが戻っていた。

「ありがとうございます、これだけでも貴重な資料だ、ありがとう」

「じゃあ、我々は戻しに行きますから」

 植松が背負っているリュックを揺さぶる。

「昼にしますか、その辺で食べて、それから行きましょう」

 隊長が、空いている天狗の彫り物の方の席を向く。

「私もお手伝いに行きますよ」

「大丈夫、しっかり戻しておきます、ご迷惑はかけません」

 信二が答える。

「そうですか、来られると思ってお待ちしていたんですが、今日は景信行こうってこの方たちが」

「この人の相模湖の絵もいいのよ、小仏峠や景信山からの」

「分かります、目に浮かびますよ、行ってらしてください」

 信二は高齢女性と笑顔を交換。

「このコピーは?」

「コピーですからどうぞ、本物は向こうが暫く保管するとか言ってんですよ」

 丹羽さんに頷いて、植松も隊長の目指す席へ歩き出す。

 お握りを食べ、隊長の紅茶を飲み、みっちゃんと信二がそれぞれ持ってきたクッキーを配っていると、丹羽さん達が会釈して小仏への道を下っていく。

 隊長、植松の順で相模湖への道を大股で下る。蝉の声が左右の森の遠く、下方から響く。階段、瓦礫道を延々とー。

隊長たちは速い、もう九十九折の先にも見えなくなった。信二とみっちゃんは五分は遅れてしまう。

蝉の声が左右、間近からわんわん降ってくるようになり、漸く千木良の里へ出る。隊長と植松が道路で待っていた。信号を渡り再び山道に分け入り、弁天橋を見下ろす、お地蔵さんと少し離れた場所の崖の一部だけ石垣になっているところ。

「ここだな」

 植松が覆う草を分ける。苔むし石の抜け後がくっきり窪んでいる。

「この前のままですね」

 隊長が土跡を確かめる。また細かな虫が慌てて動き出す。

植松がリュックをおろしチャックを開け、苔むし石を取り出し直立、背筋を伸ばし両手で額の上へ掲げ、頭を下げる。信二とみっちゃんも頭を下げる。

「貸して」

 掲げ終えた苔むし石を、みっちゃんが植松から当然のように受け取る。植松は呆気に取られている。

「自分に駄目だしせず、ごちゃごちゃ考え過ぎず、自分を生きろっていう意味よ」

 みっちゃんが苔むし石を土跡に置くと、何事もなかったようにすっぽり納まり、涼しい風が通り抜けた。

                             (了)

 

もし、あの時


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 もし、あの時                    高尾周一

 

 

 

 

 

 

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「来たわよー」

 宅急便の兄ちゃんが去るや、妻が二階の弓削に声を掛ける。直ぐにピンときた、明日あたりと思っていたが、今日二十九日に届いた。柴田からの玉子焼き、地元千葉のお気に入りの店の折詰だ。

暮れは何故か新年への期待より、暗い静寂に押しつぶされそうになる気がして、気の小さい弓削はあまり好きではない。

 血圧が寒さで急に上がらないか薬の調整が気になるし、世を去る人の話も耳にする。近所の何歳か年上と思っていた男が、風呂場で亡くなったと聞いたのはつい先日だ。七十歳前だったらしい。

 その点、弓削が業界紙記者として勤務していた頃、世話になった柴田からの玉子焼きは、野太い声が聞こえてくるようで、年を越す弓削を励ましてくれる、有難い賜りものだ。

 柴田はLPガス卸売業者の営業マンだった。人づきあいが巧みで、ガスの売り手である元売から、買い手の販売店まで多くの人が、柴田に会いに会社に出入りするので、情報が集まる。

 弓削が柴田と親しくなれたきっかけは、弓削の会社の営業マンが持ってきた。営業マンが盆暮の定期広告を柴田の会社に貰いに行ったときに、

「記事を書いている若手の記者となら、面白い話ができるかもしれない」

 と持ち掛けられた。

それまで、柴田の会社は弓削の先輩記者が担当していたが、先輩記者は元売が主なフィールドで、卸業者をこまめに回る余裕がない。一方、元売の大所はまだ取材範囲として任せられていない弓削は、卸業者の動向を書くことが多かった。

四十才代前半だった弓削は認められたい、目立ちたいと思っていたので、思い切った少々無理のある状況も記事にしてきた。柴田は勢いのある記事に注目してくれたのだろう、面会の機会を作ってくれた。初対面から心置きなく話し合えた。

 以降、頻繁に柴田を訪ね、弓削が五十歳代になった頃には柴田の売り先である販売店の老社長、仕入先の元売の若い女性セールス、そして弓削という、足手まといになるメンバーを連れて、福島へゴルフの一泊ツアーを催す関係にまでなっていた。

 柴田からの玉子焼きを受け取り弓削は直ぐにラインでお礼を述べた。

「今、玉子焼きを頂戴しました。これで明るい気持ちで年を越せます。ありがとうございます」

 暫くすると、既読になった。

この年になるとラインが翌日になっても既読にならない相手もいるが、柴田は流石に営業で鳴らした人だけあって、大概直ぐに反応する。既読にならない時はゴルフのプレー中だろうと明るく受け止められる。

「こちらこそ、サウスカフェではお世話になりました。来年もよろしくお願いします。のもっちゃんのことで気になることがあるので、後で電話します」

 柴田から意味深な返信が来た。サウスカフェとは、柴田の子息が沖縄の島で開いているカフェだ。大盛況だったが、コロナになり、関係者へ店自慢のビーフシチューを販売し始めた。

とろける牛肉の塊がたっぷりのシチューが自宅の冷凍庫からなくなると、弓削は柴田を通して注文し続けてきた。

 胸が騒ぐのは、のもっちゃんのこと、だ。

 野本は、スーパーディーラーの仕入担当だった。スーパーディーラーとは、全国に傘下のLPガス販売店を抱え、販売量が小さな元売並みにある、巨大な卸業者を指す。

 初めて会ったのは、野本が親会社である総合商社のガス部に逆出向していたときのこと。弓削も駆け出しで、取材先を求め総合商社という今まで先輩記者が出入りしていない対象にふらりと行ってみた。当時はまだエレベーターを勝手に上って、こんにちはと訪ねられるセキュリティに無縁の体制だった。

 その時、三、四人で出てきたうちの一人が野本で、なんとも初々しく可愛い印象を受けたのを今でも覚えている、首を傾げ、前に突っ込んでくる、こんな純な感じの人がいるんだとのファーストインプレッション。

 数年後に、スーパーディーラーに戻った野本は、若手の仕入担当として飛ばし、仕入れ値を天秤にかけて叩くとして、元売り関係者からは眉を顰められた。

親会社である総合商社のガス部門で、LPガスの輸入業務を見る機会を得、石油元売のガス部や、子会社であるLPガス元売のコスト感覚も掴んでいたのかもしれない。半袖のワイシャツ姿が売りだった。

 弓削が訪問すると、当時は仕切価格と呼んでいた元売から卸業者への販売価格の市況感を話してくれた。

野本とは妙に馬が合い、昼時に和食屋の奥で、日本酒の四合瓶を二人で空け、おだを上げたりもした。

 その後、四十を過ぎた弓削は、業界の若手を集めて勉強会を起こした。『2010年の会』と命名し、十四年後には解散するとした。

当時、業界の各種パーティに参加しても、弓削から見たら高齢の男達が、立食会場の中心位置を占める。弓削達、若手の出番はない。後ろの方で皿に料理を盛り、うろうろしていた。

同年代を探すと、オーナー系卸会社の子息がぼちぼち顔を見せている。遠慮しているが、いずれ会社を継ぎ、業界でも中心になる人々だ。オーナー系卸会社の子息に「勉強会をやろう」と、声をかけた。

 会員は個人資格とし、名刺の肩書は無縁の会とした。個人で親しくなろうという、今思えば訳の分からない趣旨だが弓削は若く、本当に肩書を外して、面白い人々が集えると信じていた。

勉強会をやってみようかと最初に声を掛けた相手が野本だった。険しそうな表情をしながらも、

「いいんじゃないか」

 と野本が応じ、話が進んでいったのだ。

 会員十数人をホテルの一室に集め、通産省の役人に話をしてもらった。本屋の店頭に、ぴあマップ、というCD-ROM付きの青い冊子が並んでいたころの話だ。

宴席も初めは驕り、弾んだ。会員が仲間として呼んだ徳島の業者に招かれ本場の阿波踊りや、九州の輸入基地見学にも野本と同行した。

 当初は二カ月に一度の開催を目指していたが、やがて頻度は減り、だが野本は忘年会にも弓削と共に必ず顔を出した。

その野本に、弓削は絶縁を食らってしまう。

 

  2

♪ Tell me what democracy looks like

♪ This is what democracy looks like 

 夏の夜空に、ラップ調のコールが響く。リーダーがテルミーと問うと、四列で歩道に縦に並んでいるデモ参加者が、ディスイズと答える。

 ―集団的自衛権、はんたあい!というシュプレヒコールとは全くリズムが違う。

 二〇一五年、還暦を過ぎたにもかかわらず、弓削は国会前に来ていた。

団塊の後の世代で、デモには無関係。新宿の騒乱時は、中学生だった。遊びに来た友人に、

「何かやってるらしい、行ってみようか」

 と遠巻きにでも騒乱を見に行かないかと誘われたが、危険と思い近寄らなかった。社会人になっても勤めたタオル屋も業界紙も中小企業で組合はなく、一切デモに関わったことはない。

ところが、集団的自衛権を政府が推し進めている、反対の声を上げようと、ツイッターで見てしまい、主催者を吟味することもなく、新橋の会社の帰りに寄ってみたのだから軽薄だ。

 地下鉄桜田門駅のホームに降りると、手作りの小さなプラカードを持っている高齢女性らが、改札へ歩いていく。道に迷うことはなかった。地上に出るとまだ暮れ切れていない青い闇。警察官が所々に構えている。広い交差点の左右は都心とは思えぬ森だ。

 森の前の石垣に、プラカードを持った高齢者たちが座っている。所属する組合の名が書かれた幟もあちこちに立っている。

歩道を進んでいくと、人々は四列に並んでいる。サラリーマン風のスーツ姿は少ない。最後尾についていると、後からあとから見ず知らずの人々がやって来る。

 野党の政治家が演説し、二時間もすると散会でぱらぱら地下鉄の駅へ降りていく。トンネルから電車がやって来、明るい車内の家路につくビジネスマンに混じり、日常へ戻る。

 参加者はライトを持ってくるようツイッターに書かれていた日は、弓削も百円ショップで小型のLED懐中電灯を買った。青い闇の中、歩道の両側で光る無数のライトが美しい。

 非日常の感覚が際立ち、参加型ライブショーの感覚を味合わせてくれるのは、学生が立ち上げたシールズ。

♪ Tell me what~ 

 のコールが終わった後、女子メンバーが持って回るカンパ袋には、千円札も投じられていた。

 年甲斐も、思想もない弓削が何回か通ううちに忘れられない一コマに遭遇した。

シールズのコールに呼応する縦列の後ろで、一人の青年が列に加わらずに呆然と群衆を見ていた。たっぷり膨らんでいる作業しやすいズボンをはいている。

建設関係の作業の帰りに、話題のシールズを見に来たと一目でわかる。だが青年は、学生の輪に加わらなかった。

 

 野本に絶縁されたのは、神田の居酒屋だ。手作り料理を夫婦で出す地下の店。午後五時頃から二人で飲み始めたので店は空いていた。

 国会前デモに深い考えもなく顔を出し、酒席で口にするのだから、野本は呆れ、店の亭主も会計を済ます時さえ顔を背けていた。

 野本の背中を追ったが振り返ることなく一言も話さず、JR神田駅のホームへ野本は階段を上り、去った。

 翌日、二度詫びのメールを入れたが返信はない。

「あんなに仲良かったのに」

 共に飲み、ゴルフにも泊りがけで何度も行ってきた柴田が、何故絶縁されたのか理由を聞いてきた。

靖国で…」

「あー、うちの女房は右のそっちなんだよ、俺はどっちとも言えないけど。野本も、あいつもそんなじゃないぞ」

 野本は極端ではないと、柴田も弓削も理解している。

「俺の言い方が、かぶれている感じで嫌だったんでしょ」

「そうだよ、俺は一度神社に行ってみないとわからないな」

 そう応じた柴田は、株価が上がったのを喜び、現首相を支持しているのを弓削は承知している。

拘り続ければ二人目の大事な友人を失うかもしれない。

 

 弓削も還暦を越え身の振り方を繰り返し思案するようになっていた。このまま辛抱して勤め続けるか、取り組んでみたい好きなことがないわけではない。

丁度その頃、柴田が杉並から千葉に引っ越すとの話が伝わって来た。六十歳代後半に至り、社長からは残ってくれと請われたものの、千葉の広大な敷地で暮らし、ゴルフを楽しむ道を柴田は選んだ。

柴田が抜けた業界は、気づくと弓削より遥かに若い青年たちが、取材の窓口に座っているケースが増えていた。気を利かして会話の中で相手を持ち上げ歓心を買うタイプの弓削には、若手中心の取材先では面白さが減ってしまう。

 会社の処遇への不満も重なり、このままでは一度は倒れ入院することになる気が増し、逃げることに決めた。

残念なのは、退職したら週に一度は長距離を歩いて柴田を訪ね、お茶を楽しもうと狙っていたのに、当の柴田が引っ越してしまい行事が一つなくなってしまったことだった。

 そんな柴田から、

―杉並へ用があるので、今度の水曜の夜、新宿で飲もう

 と、メールが届いたのは弓削が退職して半年過ぎた頃だった。

柴田の杉並周辺の業界OB仲間も何人か来る。その中に野本の名もあった。

 大丈夫か、一瞬迷ったが柴田が折角上手く取り持ってくれるのだ、野本も応じるかもしれない。期待を込めて、参加と返信した。

 新宿西口の交番前、大柄な柴田がゆっくり歩いてくる。弓削も旧知の業界OB三人も来た。

「のもっちゃんは、何か用ができて来れないんだって」

 柴田は、軽く報告するが、ここまで嫌われたのだ。

 西口地下の飲めるうどん屋に入った。野本とのいざこざの理由を皆知っている。

「お前、学生時代何やってたんだ、だから業界紙なんか入ったんだろ」

 元売の社員だった男が弓削を詰める。

「別に何にもやってないですよ。就職、真剣に考えてなくて、初めはタオル屋入って。別にしっかりした左とか、理論持ってるわけじゃないですよ」

 しどろもどろに言い訳していると、

「あいつは、誰とでも喧嘩しちゃうんだ」

 商社マン時代にガス部門に携わっていた男が弓削をかばってくれた。

確かに野本は、

「あいつは駄目よ」

と、よく社内や業界の人間を指しては評していた。

今日集まっているメンバーも、酒席で野本が同席者とやり合い、同席者が二度とこなくなったトラブルを経験している。

柴田は黙っている。

 帰り際、一人とぼとぼ帰る弓削に商社マンOBが近づいてきた。

「私は野本とは違いますからね」

「深い考えなんてないんですよ」

横並びで西口地下の交番を過ぎた。

「確かにアメリカの言いなりという意見もあるんだ、だけど私は、アメリカの核の傘下で生きている以上しようがないという考え」

横目で弓削をちらと見る。

「はあ」

 流石に、しっかり考えを持っているのだと弓削は感心した。

 

  3

柴田からライン電話が掛かってきた。

(ライン電話の音がすると、貧乏くさくて嫌になる)

と、以前は普通の電話を好んでいた柴田なのに。

お互いの健康を確認した後、柴田が本題に入って来た。

「野本の先輩の内村さんて知ってんでしょ」

 弓削は野本の上司など思い出せなかった。

「まあいいや、内村さんのとこに、この前、のもっちゃんが、た・す・け・て・くれって、掠れた声で電話してきたんだってさ」

た・す・け・て・くれ、と野本が。どうしたんだ、コロナでそんなになったのか。

「お金じゃないんでしょ」

「あいつは、そんなに貯めてどうすんだってくらい金はあって、奥さんも働いてたから」

 奥さんは、何かの教師だったのではと、弓削も思い出す。

「それで、奥さんに替わってもらったら、放っといてくれって言うんだって。それで俺んとこ電話してきたんで、青さんに電話したら、野本は病気だって言うんだ」

 弓削は絶句し、息を呑み込んだ。

「ところが内村さん曰く、ある療法が奇跡的に効いたっていうんで、電話の前の十月五日にもう一人の人と三人で飲んだんだって野本と」

 押し黙ったまま弓削は頭を巡らす。

ということはその後、病状が急変し、覚悟していたにも関わらず会社の先輩に助けを求めるほど、野本は錯乱し苦しんでいるのだろうか。

弓削の身が縮んでいく。

「あいつは、人に背中見せるのが一番嫌いなんだ」

 柴田が野本を慮る。その通り、強気で我が道を行くのが野本なのだ。ふと、野本が冬の裸木を指差し、

「弓削ちゃん、ほらもう芽が出てるだろ」

 細い枝を弾いた光景が蘇る。

軽井沢のゴルフの時だろうか、場所は思い出せない。

ただ野本が珍しく植物のそれも冬の、弓削からは枯れ枝にしか見えない細枝の芽の話をしたりするものだから…。

それ以降、毎年、冬に裸の木を見ると、春の芽を探すようになってしまったのだ。

 懐かしめば、

「俺、そんなこと言ったっけ?変だなあ、まあそん時の気分だけよ」

 などと笑い飛ばすであろう野本。

 玉子焼きのお礼から一年の末に、また知人の健康を心配することになってしまった。

暮れが嫌なのは、このところ新年になってから去って行った人の消息を知ることが増えたからだ。

 

(もし、あの時)

別の判断をしていれば、今の状況は違っていた、という考えを弓削はしない。五感、脳みそ、体、無意識の欲も含めて全身で選び、時には避け、進んできたと思っている。仕事も、恋愛も。

 だが今回は、神田の居酒屋で、靖国がどうだとか、今でも何の確信も持てていない話を口にしていなければーとの思いが過る。

あの時、もし、など実際にはあり得ない、遥かな時を経た今だから感傷的な気持ちも混じって、振り返っているだけと分かる。

当時の弓削は仕事を始め、あらゆることに行き詰っていたのかも知れない。くたくただった。体の芯から寒くて、寒くて。

だから会社の夕刻の和みを避けて、青い闇へ向かったのか。

日本酒の徳利を前に、信念でもない政治話を口にしてさえいなければ、ゴルフ下手な野本と弓削は、今も一緒に高尾山辺りを歩き回っている…。

仮定の映像が走り、声が聞こえる。

新年になり十五日も過ぎた頃には柴田にラインし、サウスカフェのマッシュルームスープ、ビーフシチューを注文するつもりだ。

できれば来る年も、暮れに玉子焼きを明るい気持ちで頂きたい。

弓削はもう、あまりごちゃごちゃ考えるのだけはやめようと思う。    

 (了)

冴子のメス


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 冴子のメス                     高尾 周一

 

 ①

「何かあったら、少し遠いですけど長崎まで来て下さい、私がやりますから」

 重田にそう言われた時、私は何も答えず、曖昧に笑っていた気がします。重田は私と同い年の妻、冴子の高校の同級生です。重田は故郷の大学病院で副院長になった男です。三年ぐらい、いや五年になるかもしれません。重田が学会の仕事で東京に来ると、女友達を含めた三人で冴子は飲みに行くのです。そんなことを何度も繰り返しているうちに、一度家に挨拶に来ることになり、その夜の帰り際に、重田が私に、「何かあったら」と真面目な顔で言ったのです。

 私たちは還暦を過ぎて数年を経ています。私はサラリーマンを辞めました。冴子は子育てを終えてから勤め出した不動産関係の会社が性に合っているのか、勤めを続けています。重田は、「医者は六十五が定年」と言っていますが、その後も他の病院へ移って現役を続けるのでしょう。

 重田は、私の家を訪ねて来た時、神妙な顔つきでした。片手に吊るしてきた日本酒の四号瓶とカステラを差し出し、

「奥さんを、いつもお借りしまして」

 と、亭主が答えようのない挨拶をして頭を下げます。

「いえいえ」

 私は気にもしていない素振りで席をすすめ、宴は始まりました。冴子はいつもより早く帰って来て、すき焼きの用意を楽しげにしていました。といっても遠方にある店の安価で旨い肉の買い出しや、野菜、茸をスーパーマーケットで仕入れてくるのは、私の昼間の役割です。

 家は医者の家に比べれば狭いに決まっています。都内でも狭い部類なのですから。

「食べて、食べて」

 冴子は嬉しそうです。もう一人、重田が東京を訪れるといつも、冴子と共に集まって飲んで歌う女は来ませんでした。高級官僚の妻で、お金も時間もある女なのだそうです。

 重田は代々医者の家庭で、実家の病院は弟が継いでいるとの事です。バンカラな変わり者の様に自分を評しますが、私には如何にも社会的地位のある紳士に見えます。

 暑いのに、軽やかで上質に見える上着を着て、

「どうぞ暑いですから、お脱ぎ下さい」

 と私が勧めるまで脱ぎませんでした。扇子で扇ぐ姿も様になっています。俗に言う二枚目、今では古い表現でしょうがロマンスグレーのやり手です。

 私は退職前から政権批判のツイッターから離れられなくなってしまっている偏った傾向の拗ね者なのですが、そんな私が熟読した『日本会議の研究』も重田は読破しており、感動しやすい私は酒量が進みました。

 重田が帰る時、扉の外から頭を下げたのを覚えています。冴子が駅まで送って行きました。

「しげちゃんも、久しぶりに酔ったって言ってたよ」

 冴子は爽やかな表情で戻ってきました。確かに重田の足取りは乱れていました。

 

 私と冴子は友人の紹介で知り合いました。東京で生まれ中小企業に勤務し出会いのなかった私に仕事先の男が、付きあっている人がいないのならば、と誘ってくれたのです。冴子とは英語学校で知り合ったとのことでした。

 冴子は華やかな女です。特に派手な服を着る訳でもないのですが、切れ長の目の洋風な顔立ちが人目を引きます。とんとん拍子で結婚に至り、新婚、出産、子育てと、喧嘩をすることもありましたが、充実した生活を送ってきました。何の不満もない悔いのない人生と思っています。

 冴子は長崎で有数の公立高校出身で重田も同級です。冴子の家は運送業を営んでいたそうです。私が出会い、訪ねた時はすでに事業は畳んでいました。

 昨年の秋、冴子の母親の十三回忌が行われました。冴子は丁度同窓会があるとのことで早々に旅程を決めていました。私もこれが長崎を訪ねる最後になるだろうとの思いで直前に参加を決めました。

 法事を無事に終えた晩、冴子の親友の女二人が我々夫婦を焼鳥屋に招待してくれました。二人とも教員です。前日の同窓会で会った旧友の動向などを賑やかに語っていました。

 還暦を越え、同級生が出世して県の教育長や医師会長に就いており、彼らについての裏話で座は盛り上がりました。

「重田さんも来たんでしょ?」

 私がふと発した問いに、前に座る親友二人の顔が一瞬強張り、顔を見合わせたのに私は戸惑いました。

「しげちゃんは仕事で来れんかった」

 冴子が前を向いたまま答えました。

「重田君は忙しかけんね、奥さんとも上手ういっとーみたい」

 親友の一人が冴子に伝え、他の偉くなった男や、えげつなさで成功している女友達へと話しは戻りました。しかし、何故か二人の女が重田の話題を避けた気がして、重たい気分が残りました。

 十二月に入ると、やはり重田は学会で東京にやって来、冴子と役人妻と三人でカラオケに行きました。私も誘われたのですが、退職し時間を持て余している身で、現役バリバリの医者と飲む気は起きません。気にしないようにいつものペースで入浴し、床に着き眠ろうとします。部屋の明かりを消し時々時計を見ます。十時半まだ早い、十一時電車は混んでいるのかなどと想像してしまい、気は落ち着きませんでした。

 

 ②

 翌年の一月下旬、高尾山に一緒に行かないかと冴子が誘ってきました。大学時代の仲間で退職後トレッキングに精を出している男と、後輩の女と四人で行こうという話です。頼まれた日用品の買い物に出る程度で家に籠りがちな私を、気分転換に外に連れ出す意味もあったのでしょう。私も山に行きたかったので、直ぐに行くと答えました。

 京王線で新宿から小一時間で高尾山口駅に着きました。改札を出ると細身の女と、ぎょろ目の男が現れました。簡単な挨拶を交わし、早速歩き出します。冴子と細身の女は絶えず喋り笑います。ぎょろ目の男は黙々と先頭を歩きます。

 ケーブルカー駅を通り過ぎると、右手に病院の白い建物が見えて来ました。先頭を行くぎょろ目の男は左に入る山道を進みます。明け方の雨で土道は濡れていますが石ころが混じり、ぬかるんではいません。左手の崖に生えているシダが、鮮やかな網の目の葉を揺らし、触れそうに迫ってきます。

右下は、岩にぶつかる水が白い飛沫を上げる渓流になりました。頭上で鳥が囀ります。渓流の向こう岸の岩に洞窟が二つ並び、蝋燭が立っています。

細身の女が川に手を浸し、冴子も嬌声をあげています。私も岸辺の平たい岩場に屈み、右手を川に浸けてみました。予想通りの冷たさが心の奥にまで染みます。透明な水は軽やかで纏わりつきませんでした。

 ぎょろ目の男に従って細い道を登って行くと、今度は左手の木々の合間に渓流が見下ろせました。私は右の崖から出っ張る木を掴んで、横に這う根っこを跨ぎます。木は一様に天へ向かって伸び、枝は光を掴もうとする指の形をしています。

 ぎょろ目の男は渓流に入り岩を選んで跳び続け、やがて川を離れ、急な階段を登り始めました。見上げると何処までも続いています、肺を膨らませ、は―はー声を出し、私も三人の靴から離されないよう足を上げ続けました。

 頂上に出た時、私は思わず、「着いたあ」と叫んでいました。

 頂上広場の突端からは、青い峰の真ん中に薄白い富士がなだらかに座っているのが見え、

「あー、来て良かった」私は心から感激していました。

 

 帰路は、病院裏に出る急峻な瓦礫道を下りました。靴を横に向け滑らないように一歩一歩注意し、しかし細身の女がキャンと子犬が啼いたような声を立てて尻もちをつきました。

「大丈夫?」

 冴子が振返り、駆け寄るとナップザックのポケットから、塗り薬とカットバンを取り出します。

 細身の女は両手をついて起き上がり、スラックスを叩きながら、

「流石、看護婦目指した人ね」

 と、冴子に笑いかけました。

冴子が看護婦を目指していた?私の心の湖に小石がぽとんと落ちました。

冴子は細身の女を睨み、細身の女はハッとした表情を見せ、冴子は崖下へ視線を転じ、細身の女は空を見上げました。

「大丈夫、あーびっくりした、私、弱ってるのかな、足」

 細身の女が再び歩き出し、山の空気が生暖かくなり自動車の走行音に、

「あー、下界が近づいてきたあ」

 細身の女が叫ぶまで会話はありませんでした。

私は今まで過去は過去、これからが大事と考えてきましたが、私が知らない冴子がいるのではないかとの思いに取りつかれ、帰りの電車の中でも一人会話の流れに乗れませんでした。

 

その後私は、ぎょろ目の男、細身の女と三人で高尾山詣でに勤しみました。高尾山は京王線高尾山口駅を起点に東側から三路、JRも通っている高尾駅からバスを利用すれば北側から蛇滝口、日影、小仏の登り口があり、さらに幾つかの路に分かれているので飽きません。

冬の青灰色が緑に変わり、足元に菫が咲き出し、一日として同じ景色の日はないのです。細身の女はぎょろ目の男を隊長と呼び、三人は多い時には週に二回、山に入りました。

日影のバス停で降り日影沢林道を小仏城山へ歩き続けたのは、三月の初めだったと思います。作業車が通れる幅広の道を登り続けていると、車が停まっていました。車体には林野庁と書いてあります。行き過ぎようとした私達に向かい作業服の若い男が、

「こっち行くと、もみじ台、頂上」

 叢の中を指差します。何と答えて良いか分からず三人で顔を見合わせていました。沈黙の後、

「今日は城山に行くんで、こっちですかね」

 隊長が太い林道の行く手に目を向けました。作業服の男は車の陰の道を私達が見逃して、間違った道を行ってしまっては申し訳ないと確認の声をかけただけだったのでしょう。すでに私達のことなど眼中にない様子で、荷台から荷物を降ろしていました。

城山へ登る林道から高尾山のもみじ台へ登る、地図にも載っていない秘密の抜け道があるのをその時知りました。たまたま林野庁の車が停車し、作業服の男が確認の声をかけてくれたから知ることのできた宝物です。我々は天啓に感謝しつつもその日は予定通り林道を城山へ登り、高尾山へ尾根を縦走しました。

思い返せば、この頃が私の心身共に健康のピークだったのでしょう。重田が頻繁に頭の中に現れることもなくなり、私は冴子の大学時代の友人と高尾山に通い詰め、冴子は仕事を楽しんでいました。

 

 ③

三月の連休の後でした。重田がやって来て、いつものように冴子と役人妻とカラオケルームで過ごしている時、「明日、一緒に高尾山へ行きたい」と言ってきたというのです。

私と隊長と細身の女が毎週火曜日に高尾山に言っているのを何かの拍子に聞き、それを覚えていたらしいのです。

重田が来た夜にしては早めに帰って来た冴子は、私が曖昧に頷いていると、隊長達とのラインに事情を話し、了承を得ると早速、重田に連絡を入れていました。こうして高尾山への重田の登場が決まったのです。

翌朝、高尾山口駅に現れた重田は、半ズボンの下に高級そうなスポーツ下着を履き、キャップもブランド品で、時々見かける山を走る人のいでたちでした。

重田は普段は社交的にゴルフを楽しみ、ランニングで鍛え、しかし元々は自然好きでトレッキングもこよなく愛す、理想形の男です。

風邪を引いてしまったという細身の女は欠席し、隊長、重田と三人で歩き出しました。

「関東の山は三度目だ」、「駅前から登れるんだから年間三百万人来る訳だ」、などと重田は話しかけてきますが、無口な隊長は、「えー」と言うだけです。

「重田さん、流石鍛えてる、足取り軽いです」

 私はこんな調子で、なんでご機嫌取りを演じてしまうのか。

 六号路を、渓流沿いに登って行きます。ハイシーズン時には登りだけの通行に限定する人気コースです。山道に入った直後には、追い越していく人、佇んで植物を撮影する人に遭遇しましたが、さすがに連休明けの火曜日ということで、奥に進むにつれ三人だけの沈黙の登山になりました。

「もうここまで来たんですか」

 標識の番号を確認して重田が腕時計を見ます。これなら直ぐ頂上に着くと甘く見ているのでしょう。六号路は、出だしは緩く最後に急階段が待っているのに。木橋を渡り、道は細くなり右手の崖から出る木の根っこに掴ってバランスを取りながら足を進めます。隊長は黙々と歩き、重田はスマホに景色を収め、植物に屈み込んで観察するなど時を楽しんでおり、まだですか、と悲鳴をあげる気配がありません。

 飛び石を伝って渓流の中を遡る、コース中、最大の楽しみの場に来ました。隊長が振返り、

「気を付けて下さい、滑りますから、ゆっくり行きましょう」

 声をかけ石を選んで進みます。渓流といっても足首が浸かる程度で、滑り落ちても身体が流される危険はなく、足首まである防水の靴なら、流れの中を二、三歩進んでまた石に戻れます。

 重田がいきなり走り出しました。

「お先に行きますので、上で待ってますから」

「気を付けて下さい、滑りますよ」

 隊長が呆れて背中に叫びます。怪我しない程度に転べばいいのに、と私は思いました。実際、若い男が石と石の間の隙間に尻もちをつき、「大丈夫ですか」と声をかけたことがあるのです。

 石に飛び乗り、渓流に飛沫を立てて重田は進み、背中は小さくなって行きました。

「元気な人ですね」

 隊長が呟き、私と親密感が生まれました。

「VIPは走んの好きなんでしょ、ハワイマラソンとかあるじゃないですか」

 心配をよそに重田は渓流を登り切り、最後の山場である急階段の手前で平気な顔をして待っていました。木の杭で土留めした階段がこれから二百段以上続くのです。山の入り口辺りで、速足で私を追い抜いて行く若いカップルが、階段を見上げ佇むのがこの踊り場です。私らリピーターは涼しい顔で抜き返していき、内心悦に浸ります。

「凄いですねぇ、普段から鍛えていらっしゃるんですか」

 隊長が微笑み、

「一休みしていきませんか」

 と、重田を気遣います。

「私は大丈夫ですよ、普段から走ってますから」

「山とか違いません、道路と」

 私は自分の口にする言葉、調子が全てご機嫌伺いをしているように思えてしまい、情けない気分です。

「そりゃ違いますけど、平気ですよこれくらい」

 これくらいか、でも最後の二百段が待ってるんだぞ、私は頭上に続く土の階段を見上げます。初めて登った時は鼓動が高鳴り、久しぶりの負荷に心臓を心配しました。階段の途中には小さな踊り場が二カ所あり、無理をせず一休みしていく人も多いのです。

「さ、行きますよ」

 重田がゆっくりですが、走って登り始めました。隊長が、

「気を付けて」

 重田のトレッキングシューズに声をかけ、

「行きますか」

 私に微笑みます。

隊長の靴と土留めの木杭をひたすら見詰めて足を上げていますと、息の上がった自分の呼吸音が聞こえます。重田も苦しいに違いない。踊り場で重田が両腕を腰に当て前屈みに休んでいる姿を脳裏に浮かべましたが、現実の重田は頂上まで登り切り、開けた景色を背に、低い石垣に座り水を飲んでいました。

 重田からちょっと離れた石垣に私も腰を降ろし、ペットボトルの水を飲み、ナップザックの昆布お握りを探していると、重田は、

「いつもは女房の特製なんだが」

 やはりコンビニ袋を開け、いくらするのやら高価そうなお握りとカットメロンを取り出し、メロンを私と隊長に一切れずつくれました。メロンは身体に染み、生き返る思いでした。

「残念ですね、重田さん。今日は富士山見えないですね、見える日は向こうに見えるんですが」

隊長が指差します。

「あー、そうなんですね。今度また見に来ますよ」

 重田は意にも介しません。私なら、自分は運がどうのこうの言うのに。

昼食後は稲荷山コースで下ろうと隊長も私も思っていたのですが、重田は地図を指差し、尾根伝いに小仏城山へ行き日影沢林道を日影バス停へ下るコースを主張します。私はぎょっとしました、体力的に覚悟が要る距離、アップダウンの連続です。

 隊長が地図に見入る重田を見上げ、

「結構きついですよ」

 と微笑みます。

「いいんです、挑戦です。一人でも大丈夫ですから」

「まさか、走っていくつもり?すげえなあ」

 なんで私はこんな時、調子よく会話を盛り上げようとするのか。

「それじゃ、私たちは後からゆっくり行きますから、無理しないでください、日影のバス停でお会いしましょう」

 隊長がそう言うと、重田は自前のドリンクを一口飲んで、

「じゃあ、今日はありがとうございました」

 ゆっくり走り出しました。私は小仏城山から高尾への下りの縦走は何回か経験しています。全体の道程が下り気味ですからこれならまあまあ容易に歩けますが、重田は逆に小仏城山へ登っていくのです、急な階段の途中で、膝に手をつき立ち止まっている人を見かけるコースです。

どの位の時間を見ているのでしょう、リュックからガイドブックを取り出し、頁を繰ると一時間十分とあります。

「行きますか」

 隊長がリュックを背負って微笑みます。

「先に行って下さい、ちょっと水を補給して、トイレに行って、後から行きますから」

 私は水道栓からペットボトルに水を注ぎます。

「待ってますよ」

「いや、今日は一人で行きたいんです」

 私は強い口調で言い返しました。頑な態度に隊長も呆れて、

「それでは気を付けて」

 見慣れたリュックの背中が遠ざかっていきます。

 私は自分を卑しいと感じることはあまりありませんが、今はおかしくなっていると分かります。隊長といつものペースで歩くか、稲荷山コースを下って一人で帰ると伝えれば良かったのです。それなのに重田を見送る前から卑しい考えが、頭の中で蠢いていました。

 林野庁の作業着の男が指差した、秘密の抜け道を下るのです。以前、日影林道を城山に登る時、偶々停車していた作業車の男が指差したもみじ台への抜け道は地図にも載っていません。隊長と細身の女と三人で一度抜け道に分け入り小一時間でもみじ台へ登り、人一人が歩くことができるだけの細い道だが危険は無いと確認しています。下りなら四十分で日影林道に出られます。

 重田といえども城山まで歩いて一時間十分の登りを、三十分で走って行くのは難しいでしょう。日影のバス停から城山への登りは歩いて一時間四十分とあるので、下りを一時間十分と見て、重田は三十五分で走るとして、ここから計一時間五分。さっき出た重田は流石に城山の頂上で五分は休むでしょうから、早くて一時間十分分後に日影バス停に着く計算です。

 私は抜け道を下って五十五分後にはバス停に着きます。重田の脇を追い抜いて行く訳ではないので、何の意味もありません。ただ重田を一瞬驚かせ、その後は自分が嫌な気分に陥ると分かっているのですが、私は心臓の鼓動を高めながら抜け道に分け入って行ったのです。気をつけろ、急ぐあまりに転ぶなと縺れそうになる足を引き締め。艶やかなアオキの葉が、葉元に赤い実を乗せているのが妙に印象的でした。

「勝った―」

 日影林道に出た時、私は声をあげていました。よもや重田が走ってこないか左手の林道を凝視すると光が横切った気がしましたが、実際には何も動いておらず重田の幻影も走って来ません。スマホの時計を見ると私は三十五分で下りています。もうこれから抜かれたところで、背中に声をかけて驚かせれば良いだけです。私はゆっくりバス停へ向かっています。

 

 バス停にはリュックを降ろした五、六人のハイカーが佇んでいました。停留所の時刻表を覗いてみると次のバスまで十分足らずです。この間に重田が来る可能性はほぼありません。私は正面の林道を駆け下りてくる人影と、右手の街道からやってくるバスを交互に見比べています。バスが来てしまいました。次のバスは一時間ありませんが、私は停留所を一歩離れ、重田が降りてくるはずの道を見詰めます。

 林道に走る人が現れました。小さな人影が直ぐに重田と確認できる姿となって近づいてきます。息を切らせ足を引きずり、身体の上下動が明らかに大きくなっていますが、それでも徒歩にならないよう細かなステップで足を進めて来ます。歯を食いしばっている重田に、私は右手を振りますが重田は気づきません。止せばいいのに私は両手を頭上で降ります。重田がこちらを見ますが何の反応もありません。

 停留所のポールに重田はタッチし、腕時計を確認すると、両手を膝につけ頭を垂れ、ハ―ハ―音を立てて大きな呼吸を繰り返します。

「早かったですね」

 私が声をかけると重田は顔を起こし私を見て、あーあんたかという表情をしましたが、何も言わず待合室として設けられている小屋に入って行き、ドリンクを飲み続けます。私が小屋の外から窺うと、

「なんであんたがいるんだ。俺を抜ける訳ないんだあんたが」

 怖い顔で私を振り返りました。この時が嬉しかったのですから私は狂っている、悪趣味です。

「途中で追い越す時、声かけましたよ」

 私も小屋に入り、重田の向かいに座りました。

「そんな訳ないだろ、あんたは登るのがやっとで」

 私は答えずに山を眺め、

「隊長はどうかなあ、間に合わないだろうけど、乗っちゃいますかね、一時間に一本ですから」

 と澄まし顔で答えました。重田は時計を見て、ノートに何やらメモを書き込んでいました。

 バスがのろのろやって来て、重田、続いて私が乗り込むと、何と最後列の座席に隊長が座っていて、笑顔で手を振ってきます。重田が奥まで進み、

「あれ、どうしたんですか」

 座席の真ん中にどしんと座り、私はその脇を、

「失礼」

 と、すり抜け隊長と逆側に座りました。

「やー、御無事で、重田さん走り抜きましたか」

 隊長がにこやかに話しかけます。重田も疲れています、

「何とか」

 と答えただけです。

「私は、隣の小仏から乗ってきたんですよ、林道通らず、小仏峠から近道で」

 隊長が説明すると、

「そんなのあるんだ、狡いなあ」

 重田が冗談めかして笑います。

林野庁の道ですね」

 重田越しに、今度は私に隊長が声をかけてきましたので、私は慌ててしまいました。

「えーまあ」

「そうすると思ったんですよ、あの時、それで歩きながら、僕も峠の近道で下りようと」

 私は、首から耳がカーッと赤く燃え上がっていくのを感じました。狡の基が私にあったと言わんばかりに。そんなこと隊長は言っていない、近道は狡じゃないと、自分に言い聞かせるのですが。

重田がこちらに顔を向け、

「やっぱりねえ」

 私を見下ろしました。

 

 ④

桜は散り、五月の黄金週間がテレビで盛んに取り上げられる季節を迎えました。私は冴子と重田の関係を妄想しました。長崎の女友達は焼鳥屋で、重田のことを話す時、奥さんとも上手くいってるみたい、と語りました。つまり回りの者にとって、果して二人が上手くやっていけるか注目する理由があった筈です。

 高尾山を登った時、転んだ細身の女に冴子がカットバンを渡すと、細身の女は、流石、看護婦目指した人ね、と冴子に向かって言いました。冴子は高校時代に看護婦を目指したのでしょう。

 私の結論は、冴子と重田は高校時代に付き合っていた。重田は医者を目指し、冴子は看護婦を。ところが現実には、医者の一家である重田は、地元の医者の娘と結婚する話が早くから決められており、その流れを重田は拒否しきれなかった。傷心の冴子は東京で働き、時を経て私が紹介された。そして重田が学会で東京に来るようになると、燻り続けていた二人の心の火は、メラメラ炎と化してしまった。

私はこのストーリーに納得しました。もう歳だし大した事にはならないだろうと自分を慰め、級友だから仕方ないと、現実の世界が光で明るい昼間は冷静にしていられるのですが、夜一人で寝床につくと落ち着いていられなくなるのです。

 梅雨に入りました。重田がまた学会で東京にやってきました。役人妻と三人でカラオケです。夜十時半、まだ電車は混んでいて明るい車内なんだろうなあ、私は心を落ち着けようとしながら前向きに臨もうとします。十一時、そろそろ帰ってくるのか。こんなことが続けば、何か今にあるぞ、バランスを崩すとんでもない事態がやって来るに違いないと私は、悶々としながら凶事を確信していました。

 

検便は採取が二日に渡り面倒ですが、悪い結果が出る訳がないという自信が何故かあって厭うほどの検査ではありません。退職後は区の検便セットを貰い提出してきました。再検査通知が来た時は驚きましたが、まさか大腸癌が告知され、手術への流れになるとは。下痢と便秘を繰り返していたとはいえ、歳をとれば便も細くなって仕方ないと楽観視していましたから。

紹介された大学病院の先生は、手術は難しくはなく、癌細胞を切り取れば回復する可能性は高いと励ましてくれました。私より若いこの先生に任せようと思いましたが、冴子が親しい友人が癌専門の医師だからと押し切り、私は重田の病院に転院することになりました。

長崎は子供が小さい頃、冴子の実家を何度も訪れていましたので、美味しいチャンポン屋も心得ています。二人の子供に、「坂、気を付けて」と声をかけながら下ったグラバー庭園から見た海と造船所のドック、綺麗でした。いつかまた歩いてみたいと思っていましたが、こんな形で訪れることになるとは。

羽田に二人の子供は来ませんでした。

「簡単な手術で、お母さんの友達がやってくれるから、来ないでいいからね」

 と、冴子が釘を刺したのです。

「頑張ってね」

 娘は東京の病院のベッド脇でそう言ってくれました。

「元気じゃん、直ぐ治るよ」

 息子は、回復を確信していました。

羽田には隊長と細身の女が送りに来てくれました。

「また登りましょう、お待ちしています」

 隊長が大きな目で私を覗きこみます。あー、重田さえ来なければ、三人で登り続け幸せだったのに。私は過ぎてしまった貴重な時を思い起こします。もっと登っておけば良かった。

長崎空港に着くと、冴子の友人達が車で迎えに来ていました。そのまま重田の病院に運ばれました。重田の病院で夜、天井を見て私は何故こんな思いに捉われてしまっているのか、問題は重田と冴子にあるのではなく、冴子と私にもある筈だと気づきました。

紹介で知り合い、結婚を前提に付き合いはスタートしたのであり、恋愛とは違う打算が含まれた関係なのは明らかです。二人の子供を育て、喧嘩は当然しましたが十分知性で納得しあってきたと私は思い込んできました。

若い頃は、何日も口をきかなくなる喧嘩をしましたが、いつからかお互い、嫌な思いを避けるため、言いあいの後になるべく早く雰囲気を変え、空気を転換していく術を得ました。悪く言えば、深く理解し合うのは諦めたのです。

最近、冴子がテレビのバラエティを見ている姿を見ると、こいつは本当に馬鹿なんだと、私は心の内で舌打ちしています。片付けの下手な冴子が洗濯物を散らし、洗剤ボトルが並ぶ引き出しを広げたままにしてある光景を目にし、つい先日も私は呆然としました。

「舌打ちしないで、本当頭くる、今やろうと思ってたのよ」

 冴子は激高しましたが、私は相手にせず時の変化を待ちました。こうした関係が世間一般と思っていますが、果して。

 

手術の日が来ました。私はストレッチャーに仰向けに寝ています。冴子が手術室の扉方向へ、

「お願いね」

と声をかけます。私の足の方です。私には冴子が見えますが、冴子は私の顔に語りかけることはなく、手術室の扉の方を凝視しています。視線の先には重田がいるのでしょう。

「行きますよ」

看護婦さんが私を見下ろし、

「大丈夫ですからね」

声をかけてくれました。

思うように声が出ません、お願いしますと重田に言いたいが、重田はストレッチャーの頭部にやってきません。冴子はストレッチャーの頭部から手術室の扉方面を見て、ゆっくり二度頷きました。目はじっと一定の方向を見ています。

今、ストレッチャーの足先が手術室に入った気がします。

「さようなら、みなさん」

私は声になりませんが、口を動かして精一杯挨拶したつもりです。ストレッチャー全体が扉の中に入って行きます。ちょっと顔を右に傾けてみます。重田の白衣があった気がします。冴子は私を見ないで、白衣の男の方にまた頷いています。

私は観念しました。

「皆様、お世話になりました。これから麻酔に落ちて行きます。さようなら、皆様、さようなら」 

                             (了)                              

キンランの階段


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キンランの階段                          高尾周一 

 

 

 

                                  

会社を退く日は皆寂しい。型通りの送別会など勤めていた会社はやらない。自分が居なければ会社がもたないと肩で風を切っていた男たちが、老いた肩を落としてとぼとぼ消えていく。規則が緩く好き勝手に働ける分、生命力に陰りが見えれば、檻の中で仲間から食いちぎられる前に、しっぽを巻いて出ていかなければ心身が痛むだけだ。

退職直後は朝から街を歩き回った。駅に向かうスーツのサラリーマン達についていきたくさえなった。昨日は新宿、今日は高円寺へと歩いたが、ひょいとしたきっかけで高尾山に登り虜になった。駅から直ぐに山へ入れ、一時間半も息を切らせて歩けば、頂上では富士山が正面から迎えてくれる。森の中の深呼吸、街歩きでは得られない。現役時代には山登りなどしたこともない退職者をも受け入れてくれるのが高尾山。少し慣れたら、小仏城山、景信山へと足を延ばせばよい。週一回どころか最近では二回行くほどに入れ込んでいる。

 

小仏城山への階段を真っ直ぐ登っていくか、右手の巻き道に入るか迷っている。五か月前の五月、見上げる階段の先が見通せないのに諦めず、いや諦めたのか、足元だけを確認して登り続けた。息は切れ、声が出ていたかもしれない。肺が膨れ、痺れた脳に仕事で出会った人々、無事に看取った両親、成長過程、時々の子の姿が過り、額から汗が落下した瞬間、現在までの自分を肯定できる高揚感に浸れた。階段脇にはキンランが咲いていた、茎の先に黄色い小花を何輪も躍らせ。薄ピンクのエビネもいた。

季節が移ろい、階段の両脇の花は、オオバギボウシ、アザミへと変わり、今はススキの穂が黄金帯びている。歌い手も鶯、蝉、蟋蟀へ。

真夏も歩き続けたせいか、蟋蟀の声を聞き、疲れる思いが出ている。先月からコロナの感染件数が急激に減っており、今日は人出が多い。巻き道を進むことにした。巻き道は細い茂みで笹薮を払いのけて歩く。夏にはこの道に、突き出る山百合が圧巻だった。

山百合はどの辺りだったのだろう、季節が変わると痕跡も見つけられない。張り出る木き当たる。谷の遠い向こうに杉林が整然と深い緑で展開し、手前の谷は明るい黄緑、青空と鮮やかな三分割だ。杉林の天辺は幾つかの緩い山型を描き、僅か下方、左から右へ真っ直ぐ線が抜ける、日影沢林道。遠景に見惚れるが足元、気を付けなければ、一㍍に満たない細道なのだから。

前方で白帽子、小リュック、チェック柄の高齢女性が、谷とは反対の茂みにしゃがみ込んでいる。花だろう、後で行ってみよう。

高尾山の高齢女性は皆、親切。花の名を知りたい時は佇んでいれば、通りすがりの人が教えてくれる。

高尾山詣でを始めた一年目を思い出す。ミズキの上空を舞う無数の羽虫を見て、

「あんなにモンシロチョウが飛んでる」

思わず指差した。すかさず傍にいた高齢女性が、

「あなた今なんて言った?キアシドクガ、蛾よ」

呆れ声で教えてくれた。それから毎年キアシドクガの乱舞も楽しみになった。ミズキの葉を食い尽くし、裸になったミズキがいつの間にかまた黄緑の若葉を太陽に透かすのを確認すること三度。

小リュックの女性が小道を進んだので、しゃがんでいた辺りに寄って注視するが何もない。何だったのだろう、枯草が地を這う茂み。

「コシオガマ」

女性が私の背中に戻ってきてくれていた。指差す先に、ラッパ状のピンクの小花が横たわっている。私はスマホを取り出ししゃがみ、小花を写そうと構えるが焦点が合わない。

「写真を撮るほどの花じゃないのよ」

「でも珍しいんですよね」

自然に会話している。

「こっちにもあったのよ」

女性が小道を下る。ついていくと、茂みからピンクの花弁が光を放っていた。

「花だけじゃなくて、葉っぱも見えるでしょ」

私に、葉まで見る能はない。

「コなんでしたっけ」

女性は一言ずつゆっくり繰り返してくれる。私はスマホに花の名をメモする。

「何があるの?」

男が登ってきていた。背が高く体格もまだ萎れていない。私より数歳若いのでは。通い始めた頃は来ている男が皆、年配に見えたが、この頃、同輩、あるいはちょっと私より若いのではと思う男を見る。男には、いかにもビジネスマンとして活躍してきた匂いが残っている。

「コシオガマだそうですよ、珍しい」

「どれが」

男にも小花が分からない。小さなピンクの一輪を教えるが、道端に花弁が落ちている風で、横たわったピンクは心もとない。男がしゃがんで構える。

「シャッターが下りない、下りない時はどうするの。変えたばかりなんだけど、前の機種の方が良かったみたい」

ぞんざいな口調で私を見上げる。

「この前スマホに変えたばかりなのよ、シャッター下りない時どうするの」

小リュックの女性も、小道の下方からスマホ話に加わってきた。

「戻すしかないんじゃないんですか」

私は適当に応じる。

「こっちにセンブリもあるわよ」

見たいと思っていた花名を告げられ、私は飛んでいく。一輪ではなかった。白い小花に黒いぽっちりのシベはツイッターなどの写真で見ていた通りだが、女性が指差しているのは株で、緑の細い葉の間から何輪もの小花が親鳥からの給餌を待つ雛の嘴のように天を向き、藤色がかった無数の蕾が膨らんでいる。

「センブリ?」

男が寄ってきて問う。

「昔は薬に使ったりしたのよ」

「図鑑で調べても分かんないんだよね」

 ぞんざいな口調は変わらない。

「まあまあ、お節介なおばあさんですいませんでした」

女性は茂る小道を登っていく。男も去っていった。

 

 一人に戻り小仏城山へ登りつく。富士山はもみじ台までは青く見えたが、その後は雲に覆われてしまった。手作りの焼きサンド、チョコ菓子、毎度の昼食を貪り、さてどの道で下るか。花を探しながら日影沢林道をのんびりがスタンダード、北東尾根を越えるには気合を入れ直す必要がある、景信山まで縦走するなら、まずは小仏峠への急坂を下る。考えた挙句、小仏峠へ下りそこから景信へは向かわず、林道からバス停へ歩くことにした。泥濘が気になる道、足を下す位置を慎重に、滑らないよう、這う木の根を避けて。

急坂が二手に分かれる分岐に来た。右がより細いが、この道を行きたかったのだ。頭をぶつけた倒木に会える。右から左へ倒れ込んだ木は、栗鼠が駆け抜ける橋なのだろう。老けたキノコがみっちり生えている。その倒木越しに、覗き見る下りの山道が、杉林の遠景と共に好きな景色。倒木の下にこれから進む風景が明るく見えている。倒木を潜る時も、老けキノコの幹に触れる気は起きない。頭を屈め通る。

 夏のキノコがまざまざと蘇る。まだ二月と経っていない。北東尾根を下山中、足元の白いキノコに気付いた。球形の頭のとげが毒々しい、人に見えた。振り返るとキャラメル色のキノコ、白い傘を広げるキノコ、キノコだらけだ。誰も来ない暗い尾根道、大小、色とりどりのキノコに見られている感覚。振り払って沢まで急ぐと、蝉がわんわん頭上から降ってきた。

「あなたには金の良さが分からない」

寿司屋のカウンターでそう呟いたのは、成功しているオーナー会社の代表だった。尾根道で突如遭遇したキノコたちが、サラリーマン時代、世話になった人々と重なる。出世する度に、相手の役職を見て付き合う相手を変えていった彼。和解しても事ある毎に力で押してきた人。在職中毎日のように情報交換してきた人々だが、名刺を失えば関係はあっという間に絶えた。花の名を教え合う、高尾山ですれ違う人々と同じと言ってしまっては、己が哀しすぎるか。

 冬が来る。冷気の中で何を感じて登っていたか思い出せない。遠方の山が裸の木々で白く霞む、その中に桃色の明かりを見出すのは早春だ。意外と冬の日は明るかったかもしれない。梅を過ぎれば、足元に初めて動く生き物、羽虫の纏わりを得られる。

山桜を散らせ、キンラン、エビネを生やす。小仏城山の階段を一気に、肺を膨らませ、汗を滴らせ。

                                      (了)